2014年8月15日金曜日

[p.157] 買手独占と最低賃金制度

103ページから111ページでは、完全競争市場の条件が満たされている場合には、価格規制は望ましくないという説明をしました。それにより死荷重が発生してしまい交換の利益が最大限に実現されないからです。しかし110ページに書いたように、完全競争市場の前提が満たされていなければ、話は変わります。

具体的には、110ページから111ページで説明したように、特定の地域において労働力の買い手が独占状態であるとき(これを買手独占といいます)、最低賃金を導入することにより余剰が増加する可能性があります。

しかし独占について詳細に扱った第7章では、売り手側が独占の状態だけを扱っていたため、ここでは買い手側が独占のケースを丁寧に説明しましょう。

買手独占と限界便益曲線

以下では、労働力を取引する市場において買手独占が発生しているケースを扱うことにしましょう。 このとき労働力の価格(=時給)に応じて労働者がどのくらいの労働力を提供しようとするかを表す供給曲線は存在しますが、労働力の需要曲線は存在しません。なぜなら老鵜動力の買手側である企業は、自分で価格を決定できるからです。これは生産者側が独占の場合に、需要曲線はあるが供給曲線がない状態と対称的ですね。

ここでは労働者側の供給曲線は、切片が0で傾きが1の直線で表されるとします。また労働力の消費者である企業側の限界便益曲線は、切片が1で傾きが-1の直線で表されるとしましょう。これを図示すると次のようになります。ここで縦軸の価格とは労働力の単価である時給であること、また横軸の数量とは労働力の量であるため総労働時間です。なお供給曲線は縦軸の価格から対応する数量を読み取るものですが、限界便益曲線は横軸の数量から高さを読み取るものであるという違いがあることに注意してください。

このように具体的な形状を決めておくと、具体的な数値として、例えば二つの直線の交点は数量と価格がそれぞれ1/2のところであることなどが分かります。

独占企業の選択

さて、労働力の独占的な消費者である企業側の視点から、どのくらいの労働力を利用しようとするのかを考えることにしましょう。独占企業は、数量を選ぶと考えても価格を選ぶと考えても良いので、ここでは分かりやすいように数量を選ぶとしています。

企業が、例えば1/2だけの労働力を選択すると、それにより得られる便益は下の図の影を付けた領域の面積になります。

これは台形の面積を求める方法を使うと(または三角形の面積と正方形の面積を足すことでも求められますが)3/8となります。このような「ひとつあたり」の図よりも「全部でどれだけ」の図のほうが、独占の場合は話を理解しやすいので、書き換えてみましょう(「ひとつあたり」と「全部でどれだけ」についてはサポートサイトの第3章で説明していますので、こちらをご覧ください)。

まず上の「ひとつあたり」の図を参考に、労働力をxだけ利用しているときに企業が得られる余剰の大きさを求めます。台形の面積を求める公式は(上底+下底)×高さ÷2でしたので、(1-x+1)×x÷2を計算すると、x-x²/2となります。これを「全部でどれだけ」の図にすると次のようになります。

次に、労働力をxだけ利用する場合に、企業が支払わなければならない賃金総額について考えることにします。すべての労働者に対して同じ時給を支払うことを前提とすると、供給曲線の形状から分かるように、xだけの労働力を得るためには価格をxとしなければなりません。例えば、次の図のように、1/2だけの労働力を必要とすれば時給を1/2として、総額で1/4だけの賃金が必要です。

さて、賃金総額を「全部でどれだけ」の図に書き換えておきます。必要な労働力が全部でxのとき賃金総額はx²なので、次のようになります。

二つの図を重ね合わせると、独占企業にとって利益が最大になる労働力の利用量が分かります。それは総便益から総費用を引いた差が最大になる数量であり、この場合には1/3となります(微分の計算が必要になるため、ここでは計算を省略しています。しかし、少なくとも1/2よりも少ない数量のところで差が最大になっていることが図からも分かりますね)。

独占による死荷重の発生

それでは総余剰の大きさを理解するために、「全部でどれだけ」の図と「ひとつあたり」の図を比較してみましょう。独占企業が利用する労働力の量が1/3であるとき、それに対応する価格は1/3となります。

したがって、労働力の消費者である独占企業が得る余剰は下の図のA、労働者が得る余剰はB、そして実現できない余剰である死荷重の大きさはCの領域となります。

最低賃金制度による余剰の最大化

このように死荷重が発生しているのは、社会的に最適な状態と比較して、独占企業が賃金を低めに設定し、労働力を少なくしか利用していないことから発生しています。そこで最低賃金制度を導入することで、総余剰を増加させることができる可能性があるのです。そして、最低賃金の水準がちょうど1/2であるとき、次の図のように余剰が最大化されます。

このとき企業の余剰はDで労働者の余剰がEとなります。適切な最低賃金制度が導入されると、企業の余剰は減少しますが、より多くの労働者がより高い賃金で雇われるようになることを通じて労働者の余剰が増加します。そして前者よりも後者の方が大きいため、規制により総余剰が増加するのです。

ただし、最低賃金の水準が1/2よりも低くても高くても死荷重が発生することには注意してください。また、高すぎる最低賃金(ここでは2/3より高い場合)では、規制がないときよりも総余剰が減少してしまうことに注意してください。

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